Life Style

今年頂いた『年賀状』より・・・

若干、時季外れの乗り遅れの話題ですが、、、

みなさんは、『年賀状』は出されていますか?

正直言って私は、【後出し派】です。

きちんとお正月の三が日に相手に着くように12月25日までに書き上げてというのは

もう何年もしなくなっていて、頂いた年賀状を拝見して「お返事年賀」を送っています。

毎年、送って下さる方々には本当に恐縮です(ありがとうございます)。

決して、別に「もう、年賀状は止めましょう」と言ってるつもりはありませんので。

これからもよろしくお願いします。

さすがにこんなやり方をしていると、頂ける年賀状も年々減ってきているように感じますが、

逆に、毎年下さる方々の年賀状は、形式的だけではなく、その1年の近況が分かるような

内容のものが多いです。

そんな今年の年賀状の中の2枚のご紹介です。

1枚は、やはり毎年頂いている、元勤め先の先輩さんです。

直接同じ職場ではなかったんですが、支店みたいな感じでその方の地元で仕事をされていて、

年に一度、忘年会の時にお会いするだけでしたが、毎年、仕事の近況を年賀状で教えてくださって

います。

そんな今年の年賀状の添え書きされていたのが、私が同じ職場でお世話になっていた先輩が

一昨年に亡くなっていたのですがごぞんじでしたか?という文面でした。

私は今回の知らせが来るまで全く知りませんでした。

その先輩は、私が初めて社会人になった時の先輩(上司?)で歳は18歳も上で、当時私が23歳、

先輩が41歳でしたが、何か気が合ったのでしょう、本当によくして頂きました。

仕事では、厳しく、色々教わりました。

風貌はすこし個性的ではっきり言って灰汁(アク)があります。一見、取っ付きにくそうですが、

いい人です。

酒が好きなので、仕事帰りは勿論、夕方なると職場ででも、「飲み」が始まります。

こっちは、急ぎで明日までに仕上げないといけない仕事があるのに、横に座って、グラスを傾けな

がら話しかけてきます。

「○○ちゃん(私のこと)の年代やとどんな女優さんが好きなんかな?」

「え?、はい、××さんなんか可愛くて好きですね」

「へ~、そうなんや。△△さんなんかはどうなん?」

「え?、まあ、いいと思いますよ」・・・・・。

こんなやり取りを結局、4、5時間して、結局「もう、仕事辞めて飲みに行きますか!」って

なりました。結構、寂しがり屋な人だったんですよ。あれでも。

飲みに行くと、あまり食べずに飲むタイプでした。そして、おつまみやあてを必ず、半分にして

食べる変な癖?があるんです。必ず手を付ける時に残っているものを半分にして食べるんです。

ず~っと観察して分かりました。

 

ある時、焼き鳥屋さんで飲んでいて、私が”一切れの焼き鳥”を床に落としたんです。

あっ、と思い拾い上げて、カウンターの端に置いたんです。

とっさに、頭に、{きっと、これ、先輩、食べるやろうなぁ}ってよぎったんです。

案の定、数分後にその{一切れの焼き鳥}を箸で半分に割いて食べていました。

「あっ、それ!」と私が言うと「早よ、言えよ」と頭を小突かれました。

先輩には、いろんな所、飲み屋に連れて行ってもらって色んな人に紹介してもらって、

今でもそのご縁は続いてる方々は何にもいます。

『ちょっと、面倒くさいけど気になる人』ですね。

仕事絡みでではあるんですが、その方はカメラが趣味の一つでもありました。

仕事で建物の竣工(完成)写真を撮りに行くんですが、私はアシスタントとしてよく同行しました。

カメラは当時は勿論デジカメではなくフィルムですが、建築写真は{中版(4×5)}と呼ばれる

カメラで撮っていました。撮影に入るとそりゃ、厳しいってなんのです。

1枚1枚に神経を使い、そこに欲しい{光}が入るまでジ~と待ちます。少しでも気になることには、

妥協しません。

そこには、ただ、建物の写真を撮りに来たのではなく、その建物が完成するまでの自分たちの

仕事のすべて、気持ちまでもをその写真の1枚に収めようとしてくれていたのです。

そしてそれができる凄い人でした。

私が妻と出会い、結婚できたのもその人がいたからかもしれません。本当に感謝です。

私たちが、南の島に来てからは全く連絡はしませんでしたが、人の噂で元気にしている程度の

ことは聞いていました。

まだまだ、亡くなるには早い歳です。やはり、お酒の飲み過ぎもあったのでしょうか?

詳細は分かりませんが、どんな晩年だったのか少し気になります。

私には、仕事の仕方を教え、友達の作り方、付き合い方を教え、酒の飲み方を教え、

カメラを教え、ゴルフを教え、色んな物の見方、考え方を教えてくれた先輩でした。

ここに心からご冥福を祈ります。本当にありがとうございました。

さて、もう1枚のご紹介の年賀状は、こちらの島に来てから知り合った人です。

私が南の島に来て最初に働いた会社で事務をしていた少し若い男性です。

この方も関東から{Iターン}で家族で来ていました。その後、3,4年かな?して、「また、本土の方

へ戻ります」とのことでお別れになっていたんですが、この方から、久々に年賀状を頂いて

「今度、島に行くときは連絡したいので、連絡先を教えてください」という書き添えがありました。

当時の会社では同じ{Iターン}者ということで、本当によくしてもらいました。

こういう、思いがけないご連絡は本当にうれしかったです。

悲しい知らせや、嬉しいしらせ。

年に一度のやり取り。わたしはこれからも、やはり【後出し】を続けます。

 

 

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